図書情報室

女の子だって、野球はできる!「好き」を続ける女性たち

84/ハ

長谷川晶一/著

ポプラ社

「野球選手」といえば、男子小学生の「なりたい職業」で上位にくる職業の一つである。だが、女子にとってはどうだろうか。 小学生の間こそ、男子と同様に野球に打ち込んでいても、中学からは別のスポーツを選ぶ子がほとんどである。なぜなら、中学には女子野球部がまずないからだ。因みに、女子硬式野球部を持つ高校は、現在でも全国で30校足らず。京都府内でも3校しかない。男子が当たり前に持っている「好きな野球を続けること」も、ましてや「プロ野球選手」という夢も、女子には描くことさえ難しいのだ。現在、ワールドカップ6連覇中の日本女子野球。世界一のレベルであるにもかかわらずだ。 本書には、様々な苦難に立ち向かい、「野球が好き」という気持ちを胸に、道を切りひらいてきた女性たちの物語が描かれている。女の子が好きなことを続けていけるようエールを贈る、そんな一冊だ。

中学生の質問箱 性の多様性ってなんだろう?

YA/ワ

渡辺大輔/著

平凡社

本書は、中学生への質問という形式で、"多様な性"について、誰にでもわかりやすく丁寧にひもといていく。その組み立ては、ただ知識を得ることよりも一歩先に読む者を連れて行く。気付きを得ることで、性の多様性について読者も一緒になって考えていく。するとその道筋から、今まで素朴な疑問と思っていたものが実は偏見だったり勝手な思い込みだったりすることにまた再び気付いていく。
"普通ってあるのかな""自分にあてはめるとよくわかった"といった小さな疑問や感嘆とともに、LGBT等の性的少数者への理解を含む様々なテーマが、自分の引き出しにストンとおちていく。この、わかる、という醍醐味は中学生だけではもったいない。中学生よりもっと大人になった人にも、是非味わってほしい。

理系女性のライフプラン

54/マ

丸山 美帆子・長濱 祐美/編者 

株式会社メディカル・サイエンス・インターナショナル

理系女性が研究職をあきらめないために、何ができるか?
日々模索しながら研究と子育てを続ける現役理系女性たちが立ち上がり、自身や同じ研究者仲間の体験談をまとめ本にした。
女性が研究の場にいることの効果や、子育て中の研究者を中心に多様な体験談の実例を集め、結婚・出産・子育ての選択肢はひとつではないことを伝え、キャリアを断念することなく研究を続けるために、彼女たちが苦悩したこと、何を優先しどのような選択をしたのか等を詳しく紹介している。
また、研究者の就職活動、育児休業中の研究活動を支えるための支援制度など研究生活に役立つ情報もまとめられている。
研究者として歩む女性たちを応援するだけなく、彼女たちをサポートする側の人にもおすすめの一冊である。

経済学者、待機児童ゼロに挑む

47/ス

鈴木 亘/著

新潮社

現在「待機児童」が深刻な社会問題になっていることは、新聞やテレビが毎日のようにこの言葉を取り上げることからも分かる。
待機児童問題をこのまま放置していては、日本の将来はない!と考えた筆者(共働き、3児の父、保育歴16年の経済学者)は、この世紀の大問題と闘った。ここに綴られた改革戦記は、すべて筆者の実体験に基づいて語られており、その点てまず説得力がある。
また、政府や自治体の実務にも携わった経験から、「自分たちに都合の良い現在の仕組みを何も変えたくない!」という既得権益を持つ人々との闘いの連続と言い切る筆者の言葉にもうなずける。
待機児童問題の真の原因は何か、改革戦記が炙り出す「真犯人」にあなたは驚愕するのではないだろうか?

江戸の異性装者(クロスドレッサー)たち セクシュアルマイノリティの理解のために

76/ナ

長島 淳子/著

勉誠出版

今、十分とは言い難くも、セクシュアルマイノリティについての認知は進みつつある。勇気をもって声をあげる当事者がいて、権利保障の法整備、行政の対応も進展している。性科学、性医学、発達心理学等の研究により、長年、病理や異常と捉えられてきたセクシュアルマイノリティ像が覆されたことも大きい。だが、未だに差別や偏見の解消にはほど遠い、というのもまた真実である。
科学・心理学等が未発達な時代ではなおさら、その存在は「理解できないゆえの恐怖」を社会やその為政者に与えたのではないか。本書では、江戸後期に生きた"竹次郎事たけ"と呼ばれた人物-女として生まれたが、男の身なりを選び、自ら竹次郎と名乗った-を取り上げているが、そこにはアイデンティティを貫くことの困難を垣間見ることができる。一人ひとりの生きやすさとは何であるかを改めて考えたい。

介護する息子たち 男性性の死角とケアのジェンダー分析

92/ヒ

平山 亮/著

勁草書房

本著は「親の介護を余儀なくされる息子が近年増加」といったドキュメント本ではない。男性であることを根源的に問う「男性学」の分野でこれまで全く語られてこなかった新しい視点を持った1冊である。
まず、息子が介護のなかで、弱者をコントロールせずにはいられない「男らしさ」という病が露呈してしまう点、また「介護でいかに苦しんでいるか」の告白が、「弱さの自己開示」ではなく、困難に立ち向かう「強さの自己呈示」として示される点、さらに「息子介護」が、女きょうだいや妻によるケア労働の「お膳立て」(下駄を履かせ、段取りしてもらっている)が織り込み済みで成立している虚構(フィクション)である点など、介護に限らず家事・育児に関しても膝を打ちたくなるようなポイントは、快挙にいとまがない。
「『男性がいかにしてケアすることができるのか』という問いは、男性優位のジェンダー秩序を前にして『男性はいかにして変われるか』という問いそのものである」という筆者。介護を軸にしたジェンダー分析が、「より広く不平等な社会をどう変えていくか」につながるかのメッセージも込めているという。